バックルねた8

バックルねた第8回。

今日は一連のバックルの第二のメーカーのお話。で、たぶんそのバックルがこちら。



(※なんでこんなネタを?という方はこちらをどうぞ。)
このバックルには文字の刻印等は一切ありません。無理やり書くなら、単に細かいボツボツが並んでいるくらいです(写真左)。素材は真ちゅうで、サイズは横幅28mm。全体に華奢(きゃしゃ)な印象で、フレーム部分なんかはワイヤーそのままの形状。まるで手作りのような風貌です。でも、同じ型・サイズのものが複数あるし、マシンによる製造品であることは間違いないでしょう。

そこで、特許をいろいろと調べてみると、1885年の特許にこんなのがありました(下図)。出願者はバックルの二大発明家の一人であるケルシー氏。 (※ケルシー氏については第二回をご参照)

 ←1885年4月の特許

ここまで製造方法に関しては一切触れられてきませんでしたが、1885年から突如、数々の製造方法の特許が登場します。技術系の方にはおなじみの 「製品特許」 から 「工法特許」 への移行ですね。超手抜きで説明すると、フレームの接合箇所(上右図の脚の部分)をペタンコにして下図のようにクルリンと取りつけるんだそうです。

 ←同上特許

今日のバックルがこの特許のものズバリなのかは正直なところ分かりませんが、そこは目をつぶってやってください。

このケルシー氏は、もちろん他にもバックルの特許を取得していますが、中でも製造方法の特許が目をひきます。このケルシー氏について調べてみると、1855年にこの手のバックルの最初のメーカーであろうウェスト・ヘーブン・バックル社に在籍(協力?)して、その後、1885年にアメリカン・バックル社を設立したようです。こうして、バックルの初期の二大メーカーが登場したことになるんでしょうね〜。

ところで、第一回でも述べたように、このいわゆる 「ハーツホーン・バックル」 は、1872年まではウェスト・ヘーブン・バックル社しか作れなかった可能性大です。ただ、この第二のメーカーであるアメリカン・バックル社ができたときには特許の権利は切れているので、誰がつくっても問題ないはずです。

もちろん、特許の権利を個人で所有していたハーツホーン氏とケルシー氏は仲良しだったでしょうし、この時期の数々の特許をみる限りでは、ハーツホーン一族とケルシー一族はそうとう親密だったご様子。この1885年を境に、突然、特許の解説文に 「ハーツホーン・バックル」 という言葉が登場するくらいです。オリジナルのハーツホーン氏へのオマージュなんでしょう。この時期のケルシー氏の特許は「やったるでぇ〜」的なオーラが炸裂しているような気がします。

資料がない中、こうした ムダな ことに想いをめぐらせるのもオタク冥利に尽きるといいましょうか・・・^^;

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